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松田優作 在日、韓国籍 の苦悩‥ 遺作は?

公開日: : 最終更新日:2015/06/22 星になった有名人

日本の芸能界で伝説になった俳優、松田優作さん人気絶頂期での他界は彼をレジェンドにしました。

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山口県下関市で生まれた彼には、血の繋がっていない兄弟たちがいました。そして父には母以外の本妻がおり、いわゆる”私生児”として生まれました。(国籍も母親の韓国籍になります)この事実は後の松田勇作を苦しめ、また反骨精神の基盤にもなったようです。

幸いにも異母兄弟との仲は良好でした。しかし、それがゆえの孤独感もまた、日増しに大きくなりました。

1967年その彼の心中を察したのか、母親がアメリカの国籍を取らせるため半ば強制的に、アメリカに住む叔母夫婦のもとへ送り出します。
アメリカの高校へ通い、叔母夫婦と生活を送っていました。しかしその時代のアメリカは東洋の極小国から来た日本人を歓迎する者はいませんでした。戦後渡米した日本人の多くが蔑視され、屈辱を受けていた時代です。もちろん松田優作さんも例外ではありませんでした。
言葉のコミュニケーションも上手くいかず、翌年の1968年に単身日本へ帰国します。帰国後は仲のよかった兄を頼り、高校~大学と生活を送ります。

この頃から彼は演劇の世界に興味をもちはじめたようですね。またバーテンダーとしてアルバイトをしていた時に店の常連客で原田大二郎、村野武範とひし美ゆり子(アンヌ隊員ですね!)等が来店していたことが、後の松田優作さんの人生を大きく変える事になります。

1971年に文学座を入所試験を受けますが、あえなく不合格。それでも夢をあきらめられない彼は「新演劇人クラブ・マールイ」に入り、そこで知り合った美智子(最初の妻)と出会い結婚をします。

その後1972年にようやく文学座の座員十二期生として入所が決まります。そして本格的に演劇に集中しようと大学を中退してしまいます。

【ジーパン刑事誕生秘話】
同時期、プロデューサーの岡田晋吉氏が新人俳優を探していました。その噂を聞きつけた友人である村野武範さんが「実はいい男がいるんです」と松田優作さんを推薦したそうです。
その事がきっかけで、大人気ドラマ「太陽にほえろ!」のジーパン刑事は誕生しました。とにかく松田優作さんの名前を全国区に引き上げたのがこのドラマです。
しかし、村野武範さんが彼を推薦した事情の裏には、松田さんが大好きな麻雀で「自分に負けたら仕事を紹介する事」と村野武範さんと勝負をしたそうです。そして勝負に負けた村野武範はプロデューサーに声をかけ、この大人気ドラマのレギュラーをつかむ事になりました。

【なんじゃこりゃ~】
このドラマで松田優作さんが、命がけで守った男に銃で撃たれて殉職するシーンは衝撃的でしたね。その時に発したこのセリフが学校や職場で流行ったものです。
この後数本の映画に出演した彼ですが、一般人とトラブルを起こしてしまい、傷害容疑で起訴~執行猶予付きの判決を受ける事になってしまいました。この時にマスコミで取り上げられたのが、松田優作さん自身空手の有段者であったことから、世間からの風当たりは強いものになりました。
また生前、松田さんは週刊誌でこのような内容の話をしています。「自分より相手が強かった場合、仲直りをした振りをして酒を酌み交わし、酔いが回ったところで先に店を出て、後から出てきた相手をノックアウトさせる」(概略)といったことから、喧嘩に対しては妥協をしない一面があったのかも知れません。

【新境地への挑戦】
ドラマ探偵物語ではシリアスな役柄から、お洒落でいて少しコメディの効いた役柄で新分野での試みをします。
1983年の「家族ゲーム」もユニークで、不意をついて主人公の少年にビンタをするシーンも可笑しかったです。
しかしこの頃から次第に松田優作さんの体に変化が起きていました。

【膀胱癌との戦い】
体調の変化の原因は癌でした。腫瘍のために尿道が狭められ、激痛との闘いだったそうです。ごく一部の友人以外には打ち明けずに平常心で撮影に望んでいたそうです。そしてこんな非常事態の時に彼の人生最大のチャンスが訪れます。

【遺作 Black Rain~ブラック・レイン~】
ハリウッドが日本の若き俳優・松田優作を準主役に抜擢したと一斉に報道されました。しかし、当初は奥田瑛二さんが候補だったが、スケジュールの都合で実現せず、オーディション形式での採用テストにはそうそうたる日本俳優人が応募しました。そして日本側スタッフの推薦もあり、松田優作さんが”佐藤役(非常な殺し屋)”を射止めることができました。

【松田優作 死去】
1989年11月6日午後6時45分に松田優作さんは息を引き取りました。40歳でした。「太陽にほえろ!」でジーパンがいつも全力で走っていたシーンが印象に残りますね。それと同じく人生を駆け抜けていったような気がします。
ご冥福をお祈りいたします。

■プロフィール
芸名     松田 優作 (まつだ ゆうさく)
本名    金 優作(父:日本人、母在日韓国人三世)
生年月日  1949年~1973年(満40歳没)
出身地   山口県 下関市
身長    185cm
血液型    A型
職業    俳優 歌手
所属事務所 オフィス作

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