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児玉清 死因は?最愛の娘との別れとは…

公開日: : 最終更新日:2015/06/22 星になった有名人

36年もの間「パネルクイズ アタック25」で司会をされてきた児玉清さんですが、多くの人は娘さんのことを知らない。辛い時期が長かったみたいですね。

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【娘との壮絶な別れ】
2002年6月に、すでに嫁いでいた娘をスキルス胃癌で亡くしています。発見から数ヶ月で当時4歳の息子を残しての別れでした。
まだ36歳という若さでした。
娘さんは児玉さんのマネージャーもしており、彼女が療養している時に木村拓也さん主演のドラマ「HERO」の出演オファーがあったそうです。
しかし児玉さん自身が、一度断ってしまいます。その事を知った娘さんは「断ってどうするの」「泣く子も黙るようなキムタクが出るドラマなんだから出なさい」と出演を懇願され、児玉はさんはドラマに参加します。

そんな気丈な娘さんは児玉さん宅で家人が目を離している時に息をひきとりました。(ニッポン放送「うえやなぎまさひこのサプライズ!」より内容抜粋)

【人生の分岐点】
児玉さんを知る人が皆さん共通して彼のことを「大変な読書家」というだけあって、大学もドイツ文学を専攻していたほど。
部活は演劇部でしたが、最初から役者を望んでいたわけではなくて、「道具係」といった裏方の作業専門でした。しかし彼は当時の日本では珍しく180cm近くの大柄な体格だったことから、先輩たちの命令で舞台に上がらせられたということです。

【突然の母との別れ】
その先輩の一人に、後に「巨泉のクイズダービー」で迷回答を連発してお茶の間の人気者になった篠沢教授こと篠沢秀夫さんがいました。

そして篠沢さんに見出された児玉さんに役者意識が芽生えますが、文学者への希望は捨てきれず、進学を目指しました。しかし実母の急死によって進学の道は途絶えてしまいました。

【動き出した運命】
先学のつもりでいた矢先の不幸でしたので、他の学生は進路が決まっていても児玉さんだけが未だに就職先が決まっていませんでした。

その事を知った友人が児玉さんのために駆けずり回って探してきた就職先が東宝映画の「新人俳優の募集」でした。ここでも彼の意思とは関係なく、運命が彼を導いていきます。

【下積み時代】
しかし、彼に回ってきた仕事は主人公どころかセリフのない通行人や脇役ばかりの仕事でした。
時には自分より若い看板俳優からの屈辱にあいながらも、スター俳優になることを硬く決意します。
それから間もない1961年に映画「別れて生きるときも」で当時の大スター女優”司葉子”さんの相手役に抜擢され、これを期に児玉清(当時は小玉)の名前は売れていく事になります。

【役者から司会者へ】
1964年には女優の北川町子さんと結婚、彼女は映画界を惜しまれつつ引退。
所帯を持った児玉さんはその当時の「これからはテレビの時代」という波にのるため、映画界からテレビドラマの世界に身を転じます。
そして水前寺清子さん主演の「ありがとう」でお茶の間で人気が高まり、以後、数々のテレビドラマに出演します。

しかし、時代の変化は児玉さんが思っているより早く移り変わり、次第にテレビはドラマからバラエティへ放送数を増やしていくようになります。
次に児玉さんが掴んだ大仕事が「パネルクイスアタック25」の司会という仕事でした。

【テレフォン人生相談】
最愛の娘さんを見送った翌年の同じ6月に、人々の悩みを聞き解決に導くラジオ番組「テレフォン人生相談」のパーソナリティを日替わりで担当することになります。
その優しくやわらかい口調は相談者だけでなく、広くリスナーにも親しまれていました。
しかし、2010年頃から児玉さんは目立って体調を崩し、体重は激減してしまいます。
そして「パネルクイスアタック25」の仕事も代役をたてて、治療に専念します。娘さんと同じ癌では?という噂もこの頃、囁かれました。

【切り絵との出会い】
読書家の児玉さんが本以外で夢中になったものに”切り絵”があります。売れない頃に生活の足しにと始めたそうです。
何事も途中で放り出さない性格の児玉さんですから、その腕前もプロ級と評判でした。
また自身の作品とその過程を紹介した書籍も出版しています。
「たったひとつの贈りもの わたしの切り絵のつくり方」(朝日出版社から)そして歌手 竹内まりあさんのシングルCDのジャケットにも児玉さんの作品が採用されました。(Your Wedding Day)作品は(ウエディングドレスの女性が花道を歩む)という内容の作品でした。
製作中は娘さんの結婚式を思い出していたのかもしれませんね。

2011年4月に「肝機能障害」ということで入院。
しかし、翌月の5月16日12時28分に妻と長男が見守る中、眠るように息をひきとったそうです。77歳でした。
後日、関係者から同年2月に胃癌が発見されており、その時には手術不可能な状態であったことが発表されています。

児玉さんは天国で娘さんと再会を果たしていると思いたいです。
ご冥福をお祈りいたします。

■プロフィール
芸名 児玉 清(こだま きよし)旧芸名:小玉
本名    北川 清(きたがわ きよし)妻側の苗字
(婿として入った為)
生年月日 1934年1月1日~2011年5月16日(満77歳没)
出身地   東京市 滝野川区(現・東京都北区)
身長    179cm
血液型 O型
職業    俳優 司会者
所属事務所 児玉清事務所(元・代表)

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