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忌野清志郎 死因は? 自転車を愛した 地味変

公開日: : 最終更新日:2015/06/22 星になった有名人

忌野清志郎さんが亡くなって5年が過ぎてしまいました。

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1970年代は長髪にジーパン、素足に下駄履きといった大学生が闊歩していた時代で、ラジオから流れる曲もフォークソングが多く、絶頂期でもありました。長髪=不良という公式ができあがっていたこの時代にデビューした忌野清志郎さんも、もちろん長髪でした。(カーナビーツみたいな)

【ナンセンスな時代が生んだRCサクセション】
今では死語となった”ナンセンス”ですが、当事の学生が否定的な表現をするときによくこの言葉を使っていました。日本の政治にもどこか冷めた感じで、デモのように攻撃的な反発に対して、歌で表現する人も多かった。
そんな時代ですから忌野清志郎さんが作る歌詞をみても、反体制のような歌が多く、1970年ごろに日本政府が海外の影響で誰でも買いやすいような「インスタント宝くじ」を発表すれば「宝くじは買わない」でRCサクセションはデビューします。
彼はいつも「反戦・反核・反体制」の人でした。

【フォークソングからロックへ】
RCサクセションのイメージは乗りのいいロックと泣けるようなラブソングですよね。そんな彼は1976年ごろから今までのフォークソングでは表現に限界を感じて、生ギターをエレキギターに持ち替えてロック路線に切り替わっていきます。また、本格的なロックバンドになるきっかけをつくった人が、「さなえちゃん」でヒットした元”古井戸”の仲井戸麗市(なかいど れいいち)さんでした。中井戸さん自体も、軟派なイメージしか持たれない「さなえちゃん」を捨ててロックに走った人ですから、忌野清志郎さんには抜群のパートナーになりました。また1976年にシングル
「スローバラード」がリリースされます。

【バッテリーはビンビンだぜ】
その後メンバー交代を繰り返しながら、RCサクセションはライブハウスなどで人気を高めていきます。また海外ミュージシャンの影響をうけたのもこの時期で、長髪も切り、パンクロック調を意識していました。そして日本で「シャネルズ」「クリスタルキング」などのグループが活躍していたころに発表された、「雨上がりの夜空に」が大ヒットし、ライブでの定番曲になりました。

【解散~ソロ、そして自転車との出会い】
1991年に入るとメンバーや忌野清志郎さんのソロ活動が目立つようになり、RCサクセションとしての活動は一時休止になります。しかし彼自身は多忙を極めると同時に健康にも人一倍気を使うようになります。有名なのはロードバイク(サイクリング)に熱中して「Long Slow Distance」というサイクリングチームを結成します。略してLSDって言うのも危ない気がしますが…

【喉頭癌との戦い】
2006年に自ら癌であると告白。抗癌剤での治療を洗濯して活動を続けます。しかし2年後の2008年に癌の転移が確認されたので、以降治療に専念することになります。
しかし2009年5月2日午前0時51分、無二の親友、仲井戸麗市さんらに看取られて忌野清志郎は旅立ちます。58歳でした。

【不滅のロッカー】
忌野清志郎さんが亡くなっても、テレビやラジオからは毎日のように彼の歌声が流れています。
Jumpやデイ・ドリーム・リバーなんかいつまでもコマーシャルで流れたらいいですね。
いまでも死んだという感じはしません。また彼のサイト「地味変」はまだ閉じられていません。
訪れるとギターが”♪ジャカジャン”となって忌野清志郎さんが
「イエ~~ッ」と迎えてくれます。
そしてタイトルロゴの真ん中にあるウサギのようなマークをクリックすると今度は「イエ~ッって、言え~~」に変化します。

official web site 地味変
http://www.kiyoshiro.co.jp/

■プロフィール
芸名    忌野 清志郎(いまわの きよしろう)
本名    栗原 清志〈くりはら きよし
生年月日  1951年4月2日~2009年5月2日(満58歳没)
出身地   東京都 中野区
身長    168cm
血液型   A型
職業    シンガーソングライター
所属事務所 (有)ベイビィズ

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