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本田美奈子 死因は白血病 …アメイジンググレイスは永遠に

「天使の歌声」といわれた本田美奈子さん。彼女のデビュー前は平凡なアイドルを夢見る女子中学生でした。しかし当時の審査基準では歌唱力はさほど重要視されなかったのでしょうか。『スター誕生 』では決勝の舞台に立てても彼女にスカウトから声は掛からなかった。

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それでも決して夢を諦めない本田美奈子さん。念願叶って、1983 年16歳でスカウトされます。そして翌年には長崎歌謡祭でグランプリを獲得し、レコードデビューを果たします。

【清純派】
カルビーのコマーシャルに出ていた頃の歌はいわゆる清純派路線をいっていましたが、時代はまさにアイドル歌手の全盛期で、多くのライバル歌手の中、歌唱力であたまひとつ出る彼女は新人賞などの賞を受賞していきました。

【脱・清純派】
また彼女は新しい分野にも果敢に挑戦しています。そのひとつが脱・清純派。1986年に「へそ出しルック」といわれた衣装で艶かしい踊りで歌ったロック調の「1986年のマリリン」で世間を驚かせました^^その試みは見事に当たって大ヒットを記録します。
そして翌年にはロックバンドも結成し、活動を広げますが、しだいに茶の間から敬遠され、3年後には、バンドも解散してしまいます。

【ミス・サイゴン】
ここで本田美奈子さんは自分の原点にもどります。彼女の魅力といったら、あの細いからだから放たれる声量と歌唱力に尽きますね。
1990年に彼女はミュージカルのオーディションに応募します。なんと15000人という応募者をかき分けるように本田美奈子さんがヒロインに選ばれます。
この時本田美奈子さん同様、プロの歌手の方も応募していたので、相当な妬みがあったという噂も流れてましたねー
しかし、そんな噂など舞台上の彼女を見れば消えうせてしまうほど、レベルの高い演技と歌に観客は魅了され、1年以上のロングランを記録しました。

【エピソード】
本番中に彼女の足が舞台装置に踏まれるというアクシデントがありました。しかし彼女は気絶するような痛みに耐え、歌いきったという実話があります。様子がおかしいと感じた共演者が美奈子さんの靴を脱がせると血でビショビショの状態だったそうです。裂傷と足の指4本を骨折で全治3ヶ月と診断されましたが、彼女は1ヶ月で復帰しました。

それからの本田美奈子さんはミュージカルだけに留まらず、クラシックやジャズ、さらに作詞や作曲といった創作活動にも果敢に挑戦していきます。
ですが運命の2005年、風邪だと思った病院での検査の結果、白血病の診断を受けてしまいます。

彼女の短い闘病生活が始まります。

テレビでも放映されました。入院中にも彼女は笑顔を忘れず、病棟で看護師さんたち前でアカペラで歌う姿は涙なしでは見られませんでした。(看護師さんたちの目も真っ赤でした)

【天使になった本田美奈子さん】
2005年11月6日午前4時38分愛する家族に見守られ本田美奈子さんは旅立ちました。
満38歳という若さでした。

彼女の死後、生前からの功績を称えられて日本レコード大賞から特別功労賞、ゴールデン・アロー賞からは芸能功労賞をそれぞれ贈呈しています。
ご冥福をお祈りいたします。

■プロフィール
芸名 本田美奈子(ほんだ みなこ)
本名    工藤美奈子(くどう みなこ)
生年月日 1967年7月31日~2005年11月6日(満38歳没)
出身地   東京都 板橋区
身長    ○cm
血液型 O型
職業    歌手、女優
所属事務所 ボンド企画、トリプルA(旧スリーム)
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