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野坂昭如さんが死去。「火垂るの墓」「アメリカひじき」で直木賞作家

公開日: : 最終更新日:2015/12/16 星になった有名人

直木賞作家の野坂昭如さんが昨日(9日)に亡くなっていたことがわかりました。満85歳。

2003年に脳梗塞になり、最近までリハビリなどの在宅介護を受けながら執筆活動を続けていました。

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しかし昨日の夜9時過ぎに東京都杉並区にある自宅で意識が無いのを妻の暘子さんに発見され、
病院へ緊急搬送されましたが、午後10時頃死亡が確認されました。85歳でした。

【直木賞】
作家としての野坂昭如さんの思い出は限りなく多いのですが、いつかまた表舞台に復帰されることを祈っていました。
1967年に直木賞を獲った「火垂るの墓」は実際に戦火の中で疎開先の野坂昭如さんと妹さんの生き様を描いた実話ですが、何度読み返しても涙がとまらない。

アニメでも上映されましたが、ご存じない方は是非小説を読んで欲しい。

【芸能活動】
昔はテレビにも積極的に出ておられ、テレビコマーシャルでは

♪ソ、ソ、ソクラテスかプラトンかニ、ニ、ニーチェかサルトルかみんな悩んで大きくなった

と歌声も披露され歌手としても精力的に挑戦されていました。

【大島渚監督との大喧嘩】
1990年に大島渚監督と女優の小山明子さんとの結婚30週年を祝ったパーティーにおいて、野坂昭如さんは帰ったのだろうと勘違いした大島渚監督が祝辞の際に名前を読み飛ばしたため、野坂昭如さんのスピーチの順番が大幅に遅れました。

この間、不満をお酒で紛らわしていた野坂昭如さんが大島渚監督の祝辞が終わり自分のスピーチをした後いきなり殴りかかり、大島渚監督も持っていたマイクで応戦するという何とも大人げないハプニングが起こりました。

傍らにいた奥様の小山明子さんも終始苦笑いだったのが印象的でした。
後日お互い書面にて謝罪をかわし、騒動はおさまりました。

そんな大島渚監督は脳内出血で倒れ、長く闘病生活を送られていましたが、2013年1月にこの世を去りました。満80歳 葬儀場には野坂昭如さんから花束が届けられました。

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【作詞家の顔】
2010年にベネッセコーポレーションが調査した「子供に聞かせたい曲」のアンケートで3位が「大きな栗の木の下で」2位が「犬のおまわりさん」そして1位が「おもちゃのチャチャチャ」でしたが、そのおもちゃのチャチャチャを作詞したのが野坂昭如さんでした。

作家デビューの作品が「エロ事師たち」だったことを知る人からすれば驚きですね…

【政治家の顔】
1983年の第13回参議院議員通常選挙で当選をしています。しかし在籍期間は半年と短い。

ここで面白いのが災害対策特別委員会での質疑応答で、大島渚監督の時と同様に質問の順番が最後になってしまい、「いまさら言っても重複するだけ無意味。質問を取りやめます」と憤慨されていました。

当時、圧倒的な支持率を誇っていた田中角栄氏に挑むべく新潟3区で衆議院選挙に出馬しますが惜しくも落選。大物に立ち向かう姿勢は野坂昭如さんらしかった。

まだまだ書き足りませんが、個性のある巨匠がまた日本から消えてしまった… <合掌>

本名    野坂 昭如(のさか あきゆき)
ペンネーム 阿木 由紀夫(あき ゆきお)
クロード 野坂(クロード のさか)
立川 天皇(たてかわ てんのう)
生年月日  1930年(昭和5年)10月10日
出身地   神奈川県 鎌倉市
職業    作家 タレント 作詞家 歌手

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