*

元・千代の富士こと九重親方の内臓疾患はガンだった!

公開日: : 最終更新日:2016/11/26 人気有名人

2015年7月12日に内臓疾患のため名古屋場所を全休して入院治療すると報道されていましたが、その内臓疾患が膵臓がんであったことがわかりました。強いイメージしかない元名横綱の病名に多くのファンが心配しています。

【癌は早期発見だった】
1ヶ月ほどの入院で手術までしていたそうですが、それは早期発見だったことが幸いしたようです。通常、すい臓のある箇所が胃の裏側にあるために初期症状が表面化しにくい臓器がんだということです。

早期に現れる症状として、「食欲不振」があげられます。でも日常生活で食欲が落ちる要因は数多くありますから、見過ごされてしまうのも癌の発見を遅らせる要因かもしれません。

そのため早期発見につながる確実な手段が「定期健診」だと言われていますので、おそらく九重親方の場合も定期健診で見つかったのではないでしょうか。

【角界入門のきっかけは盲腸?】
子供の頃から身体が大きく、丈夫で運動神経も抜群だったそうですが、盲腸炎になって手術経験があるそうです。
でも中学生にとは思えないほど腹筋が分厚かったため手術は難航し、予想以上に時間がかかったために麻酔が切れて、もがき苦しみながらも痛みに耐えたそうです。

その様子が忘れられなかった病院長が同じ町内から輩出した第41代横綱 千代の山の関係者へその武勇伝を伝えたことで貢少年の存在が知れ渡ることになりました。

スポンサードリンク




【ウルフの異名】
現役時代は取り組みの時、相手を睨みつける眼光がまさに狼(ウルフ)そのものだったから付いた名前です。
幕下の頃は浅黒い肌でひょろっとした細身の体型でした。しかし、力士になる前と後に二度肩を脱臼しているのです。

経験のある人にはわかりますが、脱臼は一度なると癖になってまた同じ箇所が脱臼しやすくなるそうです。そこで専門からのアドバイスで肩に筋肉をつけるように指導されました。

ただでさえ負けん気の強い千代の富士(九重親方)ですから、そのトレーニングは凄まじく、厳しい稽古の合間にでさえ腕立て伏せを最低1000回していたそうです。

そしてたった2ヶ月で見違えるほど肩に筋肉が盛り上がってきてもトレーニングは手を抜くことがなく、最終的にハガネのような筋肉をえることができました。

とにかく立ち会い後に胸を合わせた力士たちが口をそろえて「当たった時、(千代の富士の)体が硬くて痛かった」と言われるほどでした。

スポンサードリンク




【気性の激しさは朝青龍以上!?】
現役時代、大関や横綱を維持し続ける条件に「肉体的な強さ」と「頭脳的強さ」があります。
その2つの条件を併せ持ったのが当時の千代の富士だけと言われています。

しかも気性が荒い一面もあったので一度スイッチが入ると抑えがつかず、平成元年の九州場所で取組中に勝敗が決まった相手(寺尾)を土俵へ叩きつけたことは未だに語り継がれています。

今でこそ”横綱の品位”と騒がれるかもしれませんが、当時はこれこそが強さの証として捉えられていました。
だから暴れん坊だった朝青龍と現役時代の千代の富士の対戦を一目見たかった相撲ファンは大勢いたはずです。

【ウルフも還暦】
2015年5月31日に両国国技館で行われた「還暦土俵入り」の時には「あのウルフも還暦か」と感慨を深められたファンもいらっしゃると思います。

それにしても太刀持ちに白鵬、露払いに日馬富士とそろった光景は見事で圧巻でした。
還暦の赤が似合わないほど九重親方の身体は現役時代を彷彿とさせました。

ですから今回の膵臓がんでの入退院報道は驚くばかりです。
13キロ体重が落ちたそうですが、親方になられても体脂肪はそれほ多くなかったはずですから尚の事、心配です。。

これからの経過を見守っていきたいですね。

※九重親方の故郷は函館に近いので名産はやはりイカ。子供の頃、貢少年は水揚げ光景を見て
「なんでこんなにとるんだ?」と貢少年は思ったそうです。

四股名   千代の富士 貢(ちよのふじ みつぐ)
本名    秋元 貢(あきもと みつぐ)
生年月日  1955年6月1日
出身地   北海道 松前郡 福島町
身長    183cm
血液型   A型
職業    九重部屋・親方 元大相撲力士(第58代横綱)
所属事務所 九重部屋

********************************************************************

スポンサードリンク




Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

  • モバイル
PAGE TOP ↑
クレジットカードの口座振替