*

山瀬まみ ためしてガッテン降板は”肩たたき(リストラ)”だった!

公開日: : 最終更新日:2016/04/30 人気有名人

3月16日、山瀬まみさんが『ためしてガッテン!』を衝撃的な卒業から1ヶ月近くになりますが、4月2日に出演した『サワコの朝』によると”卒業ではなかった”ことが判明。新たな衝撃の真相をまとめてみました。

だいぶ悲しかった…

元祖バラドル(バラエティーアイドル)と言われた山瀬まみさんも今年の10月で47歳になる。
そんな彼女の代名詞的な存在の番組が、21年続けてきたNHK『ためしてガッテン!』でした。

ある日、番組の制作側から「君は知りすぎた」「もう教えることはない」と言われたそうです。
これはいわゆる肩たたきであって、功労者へ(花道を用意するので潔く辞めてくれ)という意味にも受け取れる。

感の良い山瀬まみさんですから 「そう言われたら次の週、のこのこ収録に出かけるわけにもいかない」 と中途退職に判を押した形です。

今にして思えば、近年の立川志の輔さんが3人目の回答者である山瀬まみさんにだけ違った扱いをしていた様な印象はあります。
立川志の輔さんが質問を投げかけて二人のゲストが答えに詰まっていると、最後にすんなり答えを出す山瀬まみさんに対し「君一人だけでいいんじゃないか」と言ってしまい、他のゲスト二人が役に立たないような印象を与えてしまった。

おそらく不特定多数の芸能事務所からも無能な印象を持たれることを嫌って意見が交わされたのかもしれません。 それは視聴者に対しても言えることで、答えを先に言われると、意外性がなく面白くないというような投稿があっても不思議では無いでしょう。

とにかく山瀬まみさんの知識が前面に出ては進行しづらい面があったのかもしれませんね。 ”肩たたき”を受け入れた山瀬まみさんは「だいぶ悲しかった…」とだけ言ってあとは『ためしてガッテン!』の話には触れなかった。

スポンサードリンク

 

新婚さんいらっしゃい

驚いたことに桂文枝(旧:桂三枝)さんとコンビを組んでいる『新婚さんいらっしゃい』も『ためしてガッテン!』の次に長期出演で今年で19年目ということです。

桂文枝さんといえば最近も不倫騒動で話題を独占していましたが、7代目のアシスタントに当たる山瀬まみさんが一番長く続いているコンビです。

◎「新婚さんいらっしゃい」の歴代アシスタント(活動期間)

初代  江美早苗 (1971.1.31~1971.5)
2代目 梓みちよ (1971.7.18~1978.2.26)
3代目 Jシェパード(1978.3.5~1981.11.8)
4代目 片平なぎさ (1981.11.15~1992.5.17)
5代目 岡本夏生  (1992.5.24~1996.3.31)
6代目 渡辺美奈代 (1996.4.7~1997.6.29)
7代目 山瀬まみ (1997.7.6~現在)

女優の片平なぎささんも11年と長いですが、山瀬まみさんがダントツです。
とにかく人の話を聞く才能が山瀬まみさんにはある。 山瀬まみさんにとって相性バツグンな番組ですから 「今後誰にも渡す(アシスタントを)予定はありません!」 「文枝さんには介護の方まで頼まれているから大丈夫!」 とアシスタントの座を死守する構えだ。

そういった会話からも伝わってくるのですが、桂文枝さんも山瀬まみさんと一緒にいることがストレスなく楽しんでいるように思えます。

ですから”不倫騒動の話”も山瀬まみさんにはどう話されているのか興味がわきますが、そういう事情を抱えた相手でも平常心でいられるのが山瀬まみさんの才能でもあります。

こういった対人関係に関してちょっと意外なエピソードが『サワコの朝』で語られました。

人には付かず離れず

山瀬まみさんが芸能界に興味を抱くきっかけになった人物が「ピンクレディー」でした。
小学校1年で衝撃を受けたそうで、今でも歌って踊れるといいます。

とくにピンクレディーのミーちゃんのファンで、仲の良い友達をケイちゃんに見立てて二人でピンクレディーの真似をして遊んでいたそうです。

しかし飲食関係の仕事をしていた父親が典型的な”転勤族”であったため、その土地に長くて2年しか住めなかったそうです。 仲良しの友達と別れることなってしまった山瀬まみさんは、同じ悲しみを繰り返すのなら最初から仲良しの友達は作らないと自分に言い聞かせるのです。

小学校2年で「人に深入りすると悲しい思いをする」と悟った山瀬まみさんは、新たな友達ができて親しくなる過程でも「転勤」のことがいつも頭にあり、一歩引いた付き合いをしていました。

こうして幼い頃から独自の考えを持ち続けてきた山瀬まみさんは、大人になっても人付き合いに関しては慎重になっているそうです。
21年続けてきた『ためしてガッテン!』でも立川志の輔さんと食事にでかけたのはたったの2回。 番組を辞めた今でも立川志の輔さんの連絡先ですら山瀬まみさんは知らないそうです。

つまり共演者とは”付かず離れす”が、長年付き合う上で一番いいというのが山瀬まみさんの持論なのです。

スポンサードリンク

 

ホリプロタレントスカウトキャラバンの凄い話

1985年に山瀬まみさんがこの”スカウトキャラバン”で優勝してタレントになったのですが、実は2年前の1983年に同じキャンペーンで書類選考に落ちているのです。

「落ちた2年後の優勝」を不思議に思った山瀬まみさんが事務所に事情を聞いたところ、ある時、机の上に置かれた何万通という履歴書の山が、崩れて床に落ちてしまったそうです。 すると「この子たちには運が無い」という理由だけで床に落ちた全員をホリプロは不合格にしてしまいました。

ですからその中に山瀬まみさんの履歴書もあったことから落選になったということなんですね。
しかし後で判ったことですが、その落ちた履歴書の中には小泉今日子、中森明菜も含まれていたので山瀬まみさんは「大物のスターをホリプロは見逃してきた」と笑いのネタにしています。

それでも2年後の第10回ホリプロタレントスカウトキャラバンで12万人(118,405人)の中から優勝出来たのは山瀬まみさんの運が強かったというべきでしょう。
ところが翌年の第11回ホリプロタレントスカウトキャラバンで、優勝者の伊藤美紀さんに前年の優勝者である山瀬まみさんがタスキを授与するセレモニーの際に、なんと優勝者を差し置いて山瀬まみさんが号泣してしまったのです。

理由は美談でも何でも無く 「こいつに栄冠を全部取られるのかと思ったら悲しくなった」 からでした…。ちなみに伊藤美紀さんは現在ホリプロを辞めています。

歌唱力

デビュー当時から山瀬まみさんの歌唱力には定評がありました。
事務所が総力を上げて山瀬まみさんをアイドル歌手のトップの座につかせようと奮闘を重ねます。

デビュー曲「メロンのためいき」はユーミンが書いたと本人は言っていましたが、クレジットには(作詞:松本隆/作曲:呉田軽穂/編曲:松任谷正隆 )と記述されています。 編曲をユーミンの夫が書いているのを山瀬まみさんは勘違いしたのだろうか。

しかし事務所の努力もむなしく結局、山瀬まみさんは歌手よりバラエティのほうが視聴率を稼げるようになりました。 本人が言うには歌手がダメだった理由は「アイドルにしては身長が高すぎた」とか。

いずれにしても山瀬まみさんのように賢くて可愛いらしい女性は、今の芸能界には少なくなりました。

どんなフリにも口籠(くちごも)ることなく返す、天賦の才能をうらやむ声があるのも納得です。

そんな山瀬まみさんのこれからの夢は「現状維持」だそうです。

芸名    山瀬 まみ(やませ まみ)
本名    中上 真巳子(なかがみ まみこ)※夫は3歳年下の俳優 中上雅巳
生年月日  1969年10月2日
出身地   埼玉県 浦和市
身長    167cm
血液型   O型
職業    タレント 司会 女優
所属事務所 ホリプロ

********************************************************************

スポンサードリンク

 

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

  • モバイル
PAGE TOP ↑
クレジットカードの口座振替