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水木しげるさん死去!妖怪研究家の第一人者だった。93歳   

公開日: : 星になった有名人

水木 しげるさんが亡くなった。93歳の妖怪大翁は妖怪の里へ旅だった…

まず私が”妖怪”という言葉を聞いたのが小学校のころでした。
学校に友達が持ってきた本の挿絵が水木しげるさんのものでした。

水木しげるさんの描く漫画でいつもスゴイなーと思っていたのが
背景の森や草木の風景。

とても細かく描いているので「本当に一人で描いているのかな?」と思ったものでした。

妖怪の先生というのは当時から有名な話で、「妖怪大百科」や「鬼太郎大百科」なども出されています。

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【片腕の漫画家】
第二次世界大戦においてラバウルでの戦火で片腕を失っていました。
私が小学生のころ、お祭りなどの出店が並ぶ傍らで白い服を着た”傷痍軍人(しょういぐんじん)さん”が何人もいたのでとくに驚きはありませんでした。

それどころか片腕なのにあんなに細かい絵が描けるのが不思議でした。

【戦争体験】
数々の戦争体験を語る有名人の中でも水木しげるさんの体験談は壮絶で戦争を絶対に美化しませんでした。
本であっても読んでいるうちに臭いが感じるほどの臨場感があります。

”師団長は兵隊を機械のように扱った”士官学校を出たエリート少佐の冷酷な仕打ちをうけていたようで、とても生々しい体験談は戦争の真実を捉えていました。

今思えば水木しげるさんは戦争を起こす人間よりも人間を戒める妖怪になりたかったのかもしれませんね
ただ、当時から絵を描くのが上手かった水木しげるさんは小隊長などから頻繁に呼びだされては似顔絵を欠かされていたといいます。

<参考文献>

【少年雑誌】
水木しげるさんの漫画は少年マガジンに載っていました。「テレビくん」「悪魔くん」「ゲゲゲの鬼太郎」とヒットを飛ばし、テレビ放映の実写版やアニメ版になりました。

小学校のクラスではご贔屓の漫画家も人それぞれだったので、Aくんは「少年サンデー」Bくんは「少年キング」と読み回している仲間もいましたが、私のグループは全員マガジン派でした。

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【ゲゲゲの女房】
2010年、このNHKドラマで妖怪の水木しげるさんの名が全国に広がりました。
原作は奥様の布枝さんが2008年に書いた自伝をドラマ化しました。

このドラマを観るまでは水木しげるさんのプライベートを知ることが無かったので欠かさず観ていました。
ただ、向井理さんはちょっとイケメン過ぎるので最初は戸惑いました。
奥様の布枝さん役には松下奈緒さんでした。

ドラマは高視聴率を記録しましたがなんといっても”いきものがかりの「ありがとう」”の曲がヒットしたことも影響があったようです。

93歳という年齢は長生き出来たと思われる方もいらっしゃるでしょうが、水木しげるさんは100歳を余裕で超えるだろうと勝手に思っていました。

そして”クソの話(糞神島くそがみじま)”を語って欲しかったです。  合掌

芸名    水木 しげる(みずき しげる)
本名    武良 茂(むら しげる)
生年月日  1922年3月8日~2015年11月30日 (満93歳没)
出身地   鳥取県 境港市 入船町(生まれは大阪市住吉区)
身長    168cm
血液型   A型
職業    漫画家 妖怪研究家

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