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平野レミ、実はプロのシャンソン歌手。旦那は有名過ぎるあの人

公開日: : 最終更新日:2016/05/26 人気有名人

料理研究家の平野レミさんが発明した多機能鍋『レミパン』は累計販売個数が150万個も売れているそうです。
そんな起業家でもある平野レミさん。料理家の前はプロのシャンソン歌手でした。

【シャンソン歌手になったきっかけ】
平野レミさんの父親はフランス文学者の平野威馬雄氏。詩人でもある父親はとても明るい性格で会話好きだったそうです。そのことからも平野レミさんの性格は父親譲りであることは疑いはないでしょう。

そんな父親を慕う人が多く、自宅にはいつも大勢のフランス人訪問客が訪れていたそうで、いつしか歌うことが好きだった平野レミさんは父のリクエストで覚えたてのフランス語で訪問客の前で歌うようになりました。

歌手としての才能を感じた父親の勧めでプロの先生の指導を受け、有名ホテルのミュージック・サロンなどで歌っているうちにレコードデビュー。本格的なシャンソン歌手をスタートさせました。

しかし芸能界に入っても一向にシャンソンを歌わせてもらえず、4曲目シングルは驚きの「かもねぎ音頭♪」
さすがにこれは受け入れられずにレコード業界を去りました。

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【一週間で結婚!?】
レコード業界は辞めた平野レミさんでしたが、芸能界活動は続けていて、久米宏のラジオ番組などで共演されていた時にピアノの平野レミさんを一目惚れしたのが大御所イラストレーター、映画監督、エッセイストである旦那さんの和田誠さん。彼からモーレツなアプローチを受けて結婚をします。巷では出会って一週間で結婚とありますが、10日くらいらしいです。

その後は息子二人にも恵まれ、念願のシャンソン歌手としてCDデビューを果たします。
同時期に料理愛好家としての才能を活かし仕事をされていましたが、評判が評判を生み、しだいに歌手の仕事より広がっていきました。レミパンも同時に考案。

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和田誠さんのデザイン作品を目にしたことのない人は殆ど居ない

翻訳家でもある

パッケージデザイン

ゴールデン洋画劇場

ホクレンのマーク

【祖父が凄い人だった!】
祖父は日本美術史家や法律家でもあったアメリカ人のヘンリイ・パイク・ブイ氏。たいへん日本国に貢献された偉人です。東洋人に対する差別甚だしい時代、アメリカ本土に渡った日系移民の権利擁護を率先して行っていた。祖先にスコットランド貴族の流れを持ち、クラシック音楽の才能も持ち合わせる多彩なヘンリイは事業で成功し、大富豪でもありました。晩年も日本への愛は変わらず、排日運動反対演説をおこなっている最中に壇上で倒れて急死されました。
後にこの偉業を称えるべく日本政府から旭日勲二等を授与されました。

平野レミさんの性格は父親、そして料理の発想やレミパンを生んだ豊かな才能はこの祖父から譲り受けているのかもしれません。

【長男も歌手の途へ】
長男はロックバンド「トライセラトップス」でヴォーカル兼ギターの和田唱さんポカリスエットCMで流れた『GOING TO THE MOON』がヒットしました。サビを聴いたら「!あ~ハイハイ」となります。


2枚目のCDだそうです。全曲、詩は夫である和田誠さんが書いているそうで、まさに夫婦二人三脚で作ったCD。

すっかり有名になりましたね♪

■プロフィール
芸名    平野 レミ(ひらの れみ)
本名    和田 レミ(わだ れみ)
生年月日  1947年3月21日
出身地   東京都 台東区
身長    非公表
血液型   O型
職業    シャンソン歌手 料理愛好家 タレント
所属事務所 レミックス

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